能楽プロデュース・コーディネーター
千葉定子 の プロフィール

                   能楽および古典芸能

 
   
 

●これまでの活動経歴(TOP)
●大槻能楽堂での活動
●阪神・淡路大震災 そして 今
●航空母艦「インデイペンデンス」で、能楽史上初の薪能。

     
 

【これまでの活動経歴】

 
 


昭和56年、故上田照也師当時、能楽センター理事長に師事、初舞台をきっかけに、能楽センターに引き抜かれる。神戸能楽センターで、毎月行っていた「謡曲ゼミナール」を「能楽ゼミナール」と改称し、手書きのコピーのチラシを広告をとり、アート紙で作成し、市内の各所に配布し開催。

講師依頼、招聘、受講者の動員を実施。長田神社、姫路城、福岡ユニセフ、大阪城などの、定期的な薪能、および福山城薪能、新春恒例の、神戸文化ホール自主公演「神戸五流能」「神戸能」の企画制作に上田照也師のもと活動する。

当時、能楽界で一番早かったと思うがパソコンを導入、事務処理をする。 
 
兵庫県下における学生鑑賞能を、センターにて渉外、神戸市内及び三木市、加古川市にも出向き実施する。  

全国で初めての能楽の授業を上田照也師の提唱で当時、西宮私立仁川学院にて行う計画を当時の院長、園田善昭氏とハード面から進める。

視聴覚教育の一環として謡曲と現在語訳のカセットテープ「謡曲ライブラリー」能楽振興事業団とネーミング企画し全国展開を計画立案するが、昭和59年、3月、上田照也理事長死去につき神戸能楽センター閉鎖。仁川学院の能楽授業と三田屋本店内の能楽堂建設および定期公演の実施などの計画を能楽センター閉鎖後、引き継ぐ。

 
 
大成功に終わった「福山城・薪能」   仁川学院  コルベ講堂
   
  謡曲ライブラリー  録音風景  
     
 

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【大槻能楽堂での活動】

 
 


昭和59年4月、改築して1年の財団法人大槻能楽堂に招聘され、11年間にわたり、自主公演を担当し、外に開かれたユニークな能楽堂の活動を展開。新規観客の開拓と普及活動を実施する。

1. 広報、宣伝活動と営業企画

  年間20から25回の自主公演を担当し、観客の動員を図るため、広報活動、 宣伝企画印刷物の作成。

  更に友の会を創設し友の会報の編集と団体鑑賞の交渉等を積極的に行い、 集客力のアップの定着化を図った。

  大丸友の会、阪急みどり会、阪神みどり会、日経レディースクラブ等の既存組織とのタイアップ。

  テレビ、ラジオ、各種雑誌など既存メディアとの連携。

  朝日カルチャー能楽講座、「能楽鑑賞入門」大阪府教職員互助組合「謡曲教室」の開設。

  大阪府教職員互助組合の現職、退職者に入場料金の半額補助を得ての販売を交渉、実施。

  講演における講師への依頼、招聘を行う。

  国立文楽劇場、友の会報誌における自主公演の案内の掲載。

  唯一の有料広報としては、テレフォンサービスの制作、地下鉄の能楽堂案内掲示広告を導入した。

  カード会社の冊子にて能公演として全国で初めて「自主公演能」のチケットの販売をする。

2.外部への開発と営業

  外部催し事業として意欲的に学生鑑賞能、また大阪周辺の新ホールでの杮落としの上演、岡山、シンフォニーホールにおけるノートルダム学院学生鑑賞能、後楽園能楽堂での能の上演の制作。

  大阪市水都首長会議、四天王寺1200年祭における能の渉外上演。

  大阪花の万博のユニオン・スクエアガーデンにおける薪能では、質・内容共に最大規模の5日間の上演を渉外。

  羽曳野市主催による薪能の定例公演の実施。

  三田屋本店、有馬能楽堂の創設時からの監修と定期公演の実施。

3.能、狂言以外の催しについては舞台使用の稼働率を上げるため、積極的な貸館業務を行った。搬入、搬出などの長時間に亘る負担も多かったが舞台を理解していただき厳しい条件のなか、協力態勢のもと上演した。  

  「文楽パフォーマンス」「若手素浄瑠璃の会」「アムジー室内楽」「韓国玄散調」「日舞の会」
「大塚善章ジャズピアノソロ」「法喜モダンバレエ」「詩吟発表会」「長岡輝子朗読の会」
「清水きよしパントマイム」「太田省吾の転形劇場」「エルポカ岡崎フラメンコ」
「沖縄舞踊の会 」「大阪アジア文化フォーラム」「胡磨稔雄ファッションショウ」など。

  大阪シンフォニーホールにおける能「隅田川」と教会劇「カーリュー・リバー」の上演に際しての能楽サイドでの全面協力ほか。

4.助成金 

  各種の助成金の申請を積極的に行い、芸術文化振興基金の助成金については第1回より助成金を申請、獲得をした。

5.学校教育における活動

  理事長・大槻文藏師をはじめ、一門で学生鑑賞能の説明会を開催し、大阪周辺の学校の学校長、担当の教師を招待し、能・狂言の鑑賞会を行った。

  各学校に定期的にダイレクトメールを発送し、能楽堂での開催、また遠隔地には出向いて渉外・開催を実施し、学生鑑賞能を拡張した。

  西宮市・仁川学院において、全国で初めての能楽授業を実施、新設なったコルベ講堂で、杮落としで能「翁」の上演。授業の講師派遣、授業日には学校に出向き担当者として業務を行う。

  全国初の東住吉高等学校においての芸術文化科創設にあたり、大阪芸能研究会委員として招聘され、ハード・ソフトに亘り参画。のちに大阪府府知事より感謝状を受ける。

6.各地での能楽堂および能舞台の鏡板の調査 

  日本画家・故松野秀世氏、写真家・今駒清則氏、建築家・故澤良雄氏と共に、京都・西本願寺・国宝能舞台に申請願いを提出、調査に入る。

  主に近畿圏内、兵庫県、京都府の能舞台の情報、収集を実施。

  大阪、京都、神戸の一部は、編集していた大槻能楽堂友の会報に掲載。

以上、大槻能楽堂での活動は退職後、当時、能面研究家、故中村保雄氏、元「観世」編集長、前西芳雄氏が主催していた「仲間の輪」の能楽サミットのゲストに招かれた際の資料。

  平成2年、上田照也師7回忌の年に発行された-私本・上田照也の歳月「点を線にしたい」の著者、前半は元 神戸新聞学芸部長・故 黒柳盈雄氏。後半は元 読売新聞記事審査委員会の委員であった故 坂田昭二氏に依るが、照也師晩年の後半の文章は照也師夫人の依頼で、残していた写真、カセットテープ、スケジュール手帳、印刷物などの資料を持参し、坂田氏の自宅に千葉本人が通い口述したものである。
 
 
花博薪能  「土蜘蛛」  大槻文蔵   1990 年8月4日
写真 :ユニオン・スクエアガーデン
  花博薪能  「土蜘蛛」 間狂言、ササガニ、 茂山家   1990 年8月4日
写真 :ユニオン・スクエアガーデン
 
写真提供:三田屋本店・有馬能楽堂   写真提供:三田屋本店・有馬能楽堂
     
 

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【阪神・淡路大震災  そして  今】

 
 


平成7年阪神・淡路大震災を機に大槻能楽堂を退職、神戸、社団法人観正会にて活動。当時能楽堂建設の計画があり準備事務所を開設して活動するかたわら、あさひホール能などを展開する。能楽堂建設は平成13年中止となる。

●主な活動

  三田屋本店、有馬能楽堂における定期能のコーディネーター

  東広島、賀茂川荘における薪能を起ちあげる。第6回まで参画。

  震災の年に朝日ホールで「あさひ能」を開催。第4回からは、湊川神社・神能殿にて上演。年2回の定期公演を実施。11回で終了。

  神戸学院大学ホール、グリーンフェスティバルでの能の上演。

  神戸五色塚古墳における薪能の上演。

  風月堂サロン講座、能面などを展示しての能楽講座の開催。

  ギャラリー島田において、古典サロンシリーズの企画制作。
小鼓と笛・小鼓とシャンソンなどのコラボ。落語・講談・尺八・女流義太夫などの上演。

  鼓楽の会、久田舜一郎、舞台生活五十周年記念、古稀記念能、上演に際し、後援会と共に参画。

  北野ガーデンにおける、年・2回の「芝能」上演の企画制作。

  横須賀基地、航空母艦[インデイペンデンス」における、能楽史上初の薪能の総合プロデュース。

西本願寺に再度、調査に入る。京都府綾部町の能舞台の調査、情報、収集を行う。平成14年、松野秀世氏が急逝され、その年に九州に行く予定であったので、年に一度開催される宇佐神宮の上演に合わせて、フェリーで宮崎から入り、熊本、唐津、福岡、大分・九州各地の能楽堂、能舞台を訪ねる。 

これまで、いろいろな能楽、および能楽に関する催しを手がけてまいりました。
能楽をご覧になったことのない方、また一人でも多くの方達にご覧いただきたいとの思いで行って来ました。
ユネスコの世界遺産にも認定された、日本が世界に誇る伝統芸能である能楽の魅力を、より広く伝えていきたい、次の時代に繋げていきたい。あらゆるジャンルから能楽を捉えてゆく活動をしております。

     
日本能楽学会会員  上田観正会能楽堂(非常勤)
三田屋本店、有馬能楽堂コーディネーター(非常勤)
 
   
「あさひ能」朝日ホール    
   
  芝能「藤戸」上田貴弘 2016年4月6日 
写真:今駒清則
  芝能「藤戸」上田貴弘 2016年4月6日 
写真:今駒清則
         
 

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航空母艦「インデイペンデンス」で、能楽史上初の薪能。

 
 

 

 
「土蜘蛛」 上田貴弘 1996年7月8日   「土蜘蛛」 上田貴弘 1996年7月8日
   
  写真撮影:前島写真店
     
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