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昭和56年、故上田照也師当時、能楽センター理事長に師事、初舞台をきっかけに、能楽センターに引き抜かれる。神戸能楽センターで、毎月行っていた「謡曲ゼミナール」を「能楽ゼミナール」と改称し、手書きのコピーのチラシを広告をとり、アート紙で作成し、市内の各所に配布し開催。 |
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大成功に終わった「福山城・薪能」 | 仁川学院 コルベ講堂 | |
謡曲ライブラリー 録音風景 | ||
●これまでの活動経歴(TOP) |
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・ | 年間20から25回の自主公演を担当し、観客の動員を図るため、広報活動、 宣伝企画印刷物の作成。 |
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・ | 更に友の会を創設し友の会報の編集と団体鑑賞の交渉等を積極的に行い、 集客力のアップの定着化を図った。 |
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・ | 大丸友の会、阪急みどり会、阪神みどり会、日経レディースクラブ等の既存組織とのタイアップ。 |
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・ | テレビ、ラジオ、各種雑誌など既存メディアとの連携。 |
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・ | 朝日カルチャー能楽講座、「能楽鑑賞入門」大阪府教職員互助組合「謡曲教室」の開設。 |
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・ | 大阪府教職員互助組合の現職、退職者に入場料金の半額補助を得ての販売を交渉、実施。 |
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・ | 講演における講師への依頼、招聘を行う。 |
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・ | 国立文楽劇場、友の会報誌における自主公演の案内の掲載。 |
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・ | 唯一の有料広報としては、テレフォンサービスの制作、地下鉄の能楽堂案内掲示広告を導入した。 |
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・ | カード会社の冊子にて能公演として全国で初めて「自主公演能」のチケットの販売をする。 |
・ | 外部催し事業として意欲的に学生鑑賞能、また大阪周辺の新ホールでの杮落としの上演、岡山、シンフォニーホールにおけるノートルダム学院学生鑑賞能、後楽園能楽堂での能の上演の制作。 |
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・ | 大阪市水都首長会議、四天王寺1200年祭における能の渉外上演。 |
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・ | 大阪花の万博のユニオン・スクエアガーデンにおける薪能では、質・内容共に最大規模の5日間の上演を渉外。 |
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・ | 羽曳野市主催による薪能の定例公演の実施。 |
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・ | 三田屋本店、有馬能楽堂の創設時からの監修と定期公演の実施。 |
・ | 「文楽パフォーマンス」「若手素浄瑠璃の会」「アムジー室内楽」「韓国玄散調」「日舞の会」 「大塚善章ジャズピアノソロ」「法喜モダンバレエ」「詩吟発表会」「長岡輝子朗読の会」 「清水きよしパントマイム」「太田省吾の転形劇場」「エルポカ岡崎フラメンコ」 「沖縄舞踊の会 」「大阪アジア文化フォーラム」「胡磨稔雄ファッションショウ」など。 |
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・ | 大阪シンフォニーホールにおける能「隅田川」と教会劇「カーリュー・リバー」の上演に際しての能楽サイドでの全面協力ほか。 |
・ | 各種の助成金の申請を積極的に行い、芸術文化振興基金の助成金については第1回より助成金を申請、獲得をした。 |
・ | 理事長・大槻文藏師をはじめ、一門で学生鑑賞能の説明会を開催し、大阪周辺の学校の学校長、担当の教師を招待し、能・狂言の鑑賞会を行った。 |
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・ | 各学校に定期的にダイレクトメールを発送し、能楽堂での開催、また遠隔地には出向いて渉外・開催を実施し、学生鑑賞能を拡張した。 |
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・ | 西宮市・仁川学院において、全国で初めての能楽授業を実施、新設なったコルベ講堂で、杮落としで能「翁」の上演。授業の講師派遣、授業日には学校に出向き担当者として業務を行う。 |
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・ | 全国初の東住吉高等学校においての芸術文化科創設にあたり、大阪芸能研究会委員として招聘され、ハード・ソフトに亘り参画。のちに大阪府府知事より感謝状を受ける。 |
・ | 日本画家・故松野秀世氏、写真家・今駒清則氏、建築家・故澤良雄氏と共に、京都・西本願寺・国宝能舞台に申請願いを提出、調査に入る。 |
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・ | 主に近畿圏内、兵庫県、京都府の能舞台の情報、収集を実施。 |
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・ | 大阪、京都、神戸の一部は、編集していた大槻能楽堂友の会報に掲載。 |
・ | 平成2年、上田照也師7回忌の年に発行された-私本・上田照也の歳月「点を線にしたい」の著者、前半は元 神戸新聞学芸部長・故 黒柳盈雄氏。後半は元 読売新聞記事審査委員会の委員であった故 坂田昭二氏に依るが、照也師晩年の後半の文章は照也師夫人の依頼で、残していた写真、カセットテープ、スケジュール手帳、印刷物などの資料を持参し、坂田氏の自宅に千葉本人が通い口述したものである。 |
花博薪能 「土蜘蛛」 大槻文蔵 1990 年8月4日 写真 :ユニオン・スクエアガーデン |
花博薪能 「土蜘蛛」 間狂言、ササガニ、 茂山家 1990 年8月4日 写真 :ユニオン・スクエアガーデン |
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写真提供:三田屋本店・有馬能楽堂 | 写真提供:三田屋本店・有馬能楽堂 | |
●これまでの活動経歴(TOP) |
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・ | 三田屋本店、有馬能楽堂における定期能のコーディネーター |
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・ | 東広島、賀茂川荘における薪能を起ちあげる。第6回まで参画。 |
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・ | 震災の年に朝日ホールで「あさひ能」を開催。第4回からは、湊川神社・神能殿にて上演。年2回の定期公演を実施。11回で終了。 |
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・ | 神戸学院大学ホール、グリーンフェスティバルでの能の上演。 |
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・ | 神戸五色塚古墳における薪能の上演。 |
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・ | 風月堂サロン講座、能面などを展示しての能楽講座の開催。 |
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・ | ギャラリー島田において、古典サロンシリーズの企画制作。 小鼓と笛・小鼓とシャンソンなどのコラボ。落語・講談・尺八・女流義太夫などの上演。 |
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・ | 鼓楽の会、久田舜一郎、舞台生活五十周年記念、古稀記念能、上演に際し、後援会と共に参画。 |
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・ | 北野ガーデンにおける、年・2回の「芝能」上演の企画制作。 |
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・ | 横須賀基地、航空母艦[インデイペンデンス」における、能楽史上初の薪能の総合プロデュース。 |
日本能楽学会会員 上田観正会能楽堂(非常勤) |
「あさひ能」朝日ホール | |||||
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故 中村保雄 能面研究家、故 前西 芳雄 元『観世」編集長 能楽研究家の主宰する「仲間の輪」 於 京都 | 「世阿弥忌 セミナー」懇親会 於 奈良 | |
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「土蜘蛛」 上田貴弘 1996年7月8日 | 「土蜘蛛」 上田貴弘 1996年7月8日 | |
写真撮影:前島写真店 | ||
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